集団予防接種の注射器の使い回しによるB型肝炎患者・感染者が国を被告として損害賠償を求めた裁判です
福岡市西区姪の浜4丁目8番2号姪浜デイトス3階 姪浜法律事務所内
TEL(092)894-1781 FAX(092)894-1782
2009年2月18日15:00から、福岡地方裁判所501号法廷で、B型肝炎九州訴訟の第3回期日が開かれました。多数の傍聴支援をいただき、どうもありがとうございました。
第3次提訴と第4次提訴分の訴状・答弁書の陳述と、前回弁護団が行った主張に対する国の反論に関する書面(父子感染・ジェノタイプに関する求釈明と、除斥期間、予防接種を受けた事実)の陳述が行われました。
その後、原告2名と弁護団1名の意見陳述が行われました。
原告の荒金さんは、娘さんが就職した2年後に突然B型肝炎を発症し、入院と闘病のため、家族と離ればなれの生活を余儀なくされてきました。食欲が無くなり、食べたもは吐いてしまい、尿はコーヒー色になり、体全体に黄疸が出ました。横になっていても体の置き場がない、きつくて一睡もできない日々が続きました。肝不全で、肝臓移植をしないと助からないという告知まで受けました。かろうじて一命は取り留めましたが、今も耐性ができやすいとされる抗ウイルス薬が効かなくなったときの不安は消えません。母子感染した娘さんも肝炎と闘病しており、家族は、肝炎が進行する不安と闘病生活に苦しんでいます。
原告の合原さんは、地域で一目置かれている地方の大きな農家の長男と結婚されました。長男が生まれ、「跡継ぎをよう産んでくれた」と家族から大切にされていました。ところが、次男を妊娠したときに、その前から告知されていたB型肝炎が、死に至る病だと医師から告げられました。それに伝えると、生活は一変し、義父からは、「変な病気を持って。何で嫁いできた。うちの血筋を汚すな。」と非難されました。
親族会議で、義弟が家を継ぐことになり、家を出ることになりました。しかし、合原さんが肝炎を発病し、家事もままならず動けず横になる日々が続くと、夫の理解も得られず、離婚することになりました。家族や夫を恨んだ日もありましたが、みんな国の予防接種の被害者だと思うようになり、被害を一人でも多くの方に知っていただけるよう、実名公表をされました。
原告の、声を詰まらせながらの訴えに、法廷は一つになりました。
また、市橋弁護士は、国が、加害行為から20年経過したら償う必要が無くなっているという除斥期間の主張を行っていることが正義に反し許されないと訴えました。被害者である国民は、危険な注射器の回しうちによってB型肝炎に感染し、それが国のせいだと言うことも知らされなかったため、訴訟を起こすこと自体不可能だったのに対し、危険性を十分知っていた国が、権利関係の早期確定という名の患者切り捨てを求めてよいはずがないこと、法務省が、生命侵害などのケースでは除斥期間について20年以上に引き上げる方針を固めていることにも反することなどを明らかにしました。
次回期日までに、国が原告第4準備書面の残りの部分(S抗原陰性化、因果関係総論)に反論することが決まりました。
また、次回までに原告から立証計画を提出するとともに、次次回以降は原告本人尋問が実施できるよう、複数の期日が予定されました。
今回は、法廷が満員になりました。証拠調べ予定の期日が入ったことなどは、満員の法廷と、原告の意見陳述に押されたやりとりから生まれたものだと思います。
私は,第3回の裁判で意見陳述をさせていただき,15年間の苦しい思い,大変だった治療のこと,また娘へ感染させてしまった辛い思いを訴えることができました。原告の一人として,自分の気持ちを一言一言大切に語ることができました。これもひとえに岩元先生を始め弁護士の先生方そして応援,協力してくださった皆様のおかげです。
原告の中には,私のように健康であった身体を蝕み,治療のため時間の制約をされ,本来の幸福な家庭生活を破壊された人,差別や偏見に苦しみ悩まされた人,これから先病気の進行におびえながら生活をしなければならない人など,さまざまな人がいます。そんなウィルス性肝炎患者全ての方が,安心して治療を受けられる日が一日も早く来ることを目指して,私たち原告団はこれからも闘っていきたいと思います。国が一日も早く解決へ動きだすことを願っています。
原告の皆さま,心を一つにして頑張りましょう。
弁護士の先生方,支援してくださる団体の皆さん,学生の皆さん,私たちが勝利するまで,どうぞよろしくお願いいたします。
平成21年2月18日、第3回口頭弁論期日で、意見陳述をしました。B型肝炎ウイルスキャリアと告知されてから現在までの28年間、とても辛かった日々を述べさせてもらいました。
第1回と第2回の期日で、4名の方々の苦しみや怒りの声を聞かせていただきました。また、原告になれないたくさんの肝炎患者さんがおられることも知りました。こうした経験をする中で、原告である私は、弁護士の方にお願いするだけではいけないのだと思うようになりました。私が経験してきた生の事実を話す。私にしかできないことをやろうと、実名を公表して、意見陳述をすることを決意しました。
意見陳述では、肝炎に対する偏見から、私の大切な家族がみんなひとりぼっちになっていたことをお話ししました。世の中から肝炎への差別と偏見をなくしたい、という私の願いを、裁判所に伝えたかったからです。
裁判の日のことは、たくさんの新聞に大きく取り上げてもらいました。
肝炎で苦しんでいる知り合いから、ありがとうと電話がありました。他の原告さんたちのところにも、まわりの方から大きな反響があったそうです。人知れず、差別と偏見に苦しんでこられた多くの方々に、少しでもお役に立ててよかったと思っています。
これからも実名原告として頑張って活動しますので、よろしくお願いいたします。
第3回期日において、私は、除斥期間論についての意見陳述をさせていただきました。
国は、この裁判で、除斥期間が適用されるという主張を行っています。除斥期間というのは、他人の権利を侵害して被害を発生させても、加害行為から20年が経てば、その被害を償わなくてもよいというものです。つまり、国は、「原告がB型肝炎ウイルスに感染してから20年以上経過しているから被害を償う必要はない。」と主張をしているわけです。
私の意見陳述の骨子は、国のこのような主張は正義に反し、決して許されるものではないということにあります。
国が除斥期間を主張することは、除斥制度が設けられている趣旨に反するのです。除斥期間が設けられた理由は、長期間が経過すると、権利があるかどうかが不明確になるとともに、請求された側の立場が不安定になるためだとされています。
しかし、平成18年の最高裁判決が認めたとおり、国は、遅くとも昭和26年には、集団予防接種等で注射器を回し打ちすることによって肝炎が感染することは分かっていました。それにもかかわらず、これを40年もの長きにわたり、放置してきました。国は、被害者が出ることを知っていたわけですから、被害者の方々が損害賠償を求める権利を有していることは国にとって明らかだったと言えます。権利が不明確であるとか、自分の立場が不安定になるなどという言い訳を国がすることは許されません。
そして、国は、被害者が出ることを知りながら、これを放置するだけでなく、国民に対しこのような被害が出ていることを知らせようともしませんでした。被害の実態を調べることさえまったくしていません。国が意図的に被害者を作り出したといえるその行為は「犯罪行為」としか言いようがありません。
このような行為に対して除斥期間を適用することは許されないということは皆様にもご理解いただけると思います。このように、国による除斥期間論の主張の不当性を訴えたのが、今回の意見陳述でした。聞いている方にも理解していただけるよう分かりやすい言葉で話したつもりです。
私自身、このような大規模な裁判で意見陳述をすることは初めてだったので、とても緊張しましたが、よい経験となったと思います。
国は今後も、性懲りもなく除斥期間論を主張し続けると思います。もちろん、弁護団としては、そのような国の主張については反論し続けていきたいと考えています。第3回期日における原告お2人の意見陳述も、これまでの原告の方の意見陳述と同様、胸を打たれるものでした。被害に苦しむ原告の皆様のお力となれるよう今後も尽力いたす所存です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
はじめまして。この度、B型肝炎九州訴訟弁護団に加わらせていただいた、新人弁護士の落合と申します。
この弁護団との出会いは研修生のときでした。これから法律家となる研修生向けに、B型肝炎訴訟の原告の方のお話をうかがう貴重な機会を設けていただきました。被害の実態を涙ながらに語るそのお話に心を打たれました。「何か自分にもできることはないだろうか。」初めて弁護士になりたいと思った頃の気持ちが蘇りました。そして今、この弁護団に参加させていただいております。微力ではございますが、早期全面解決に向けて精一杯頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。
2月18日、B型肝炎九州訴訟の第3回期日が、福岡地方裁判所で開かれました。私にとっては「第1回期日」。弁護団に入って最初の期日です。期日前の門前集会から、多くの原告、支援者の方に来ていただきました。裁判所が用意した大きな法廷の傍聴席も満員です。原告団、弁護団、そして支援者の方々。この訴訟に携わる人々の結束の固さを肌で感じることができました。
期日では、原告2名と弁護団1名の意見陳述が行われました。そのうち1名の原告の方には、それまで何度も被害の実態についてお話をうかがわせていただいています。しかし、原告の方の意見陳述を法廷で聴いたとき、私は圧倒されました。初めて聴いた話のように胸を打たれ、目には涙が浮かびました。長年被害に苦しめられてきた原告の方の言葉の重み。それを初めての法廷でしっかりと裁判所に伝えることのできる強さ。それを支えた満員の傍聴席。3つの足で支えられた「鼎(かなえ)」の器のように、原告団、弁護団、そして支援者の方々、それぞれが力を合わせることで初めてこの訴訟は成り立っている。そんなことを教えられた気がした期日でした。