全国B型肝炎九州訴訟第2回期日

集団予防接種の注射器の使い回しによるB型肝炎患者・感染者が国を被告として損害賠償を求めた裁判です

全国B型肝炎九州訴訟弁護団

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全国B型肝炎九州訴訟第2回期日

 2008年12月3日15:00から、福岡地方裁判所で、B型肝炎九州訴訟の第2回期日が開かれました。
 第1回期日後、弁護団は、国が提出を求めている父親の血液検査データと、ジェノタイプの検査データを出す必要がないことを明らかにする書面を提出しました。また、国は、第1次提訴の20名の原告1人1人の因果関係(B型肝炎に感染した原因が、予防接種の回しうちであるというつながり)についての認否を行いました。これに対し、弁護団は、因果関係に関する総論の主張、つまり、この基準を満たしている人は、すべて被害者に間違いないという主張を行いました。
 それをうけて、原告2名と弁護団2名からの意見陳述を行いました。
 原告番号16番の女性は、自らが予防接種の回しうちによるB型肝炎に苦しんでおられますが、そのことよりも子どもたちに母子感染でB型肝炎を感染させ、子どもたちの肝炎が発症する不安や、それに伴う生活上のさまざまな障害が心配であることなどを語りました。そして、子どもたちが発症しても、せめて安心して最善の治療が受けられ、普通の生活が送れるようになるために、自分の思いを伝えたいといって、法廷で実名(梁井朱美さん)を公表されました。
 また、原告の窪山さんは、それまで健康そのものだったのに、1年前の人間ドックで突然肝臓ガンと宣告され、それをきっかけに、初めて自分がB型肝炎に感染したことを知ったこと、また、そのときに肝臓の3分の1を切除する手術を受け、安心していたのに、今年の夏に再発して目の前に死を突きつけられながら生活していること、この裁判を戦うことは、自分が懸命に生きた証を残したいという、自分の最後の生きざまだ、という決意を語りました。
 2人の原告のお話に、法廷では涙をおさえる姿が見られました。

 続いて、吉村弁護士は、国が主張しているジェノタイプAの問題について意見を述べました。このタイプのB型肝炎ウイルスは成人感染後でも10%慢性化するという国の主張には根拠が示されておらず、また、ほかの医学文献で、単に一時的な急性感染の中で、少しだけ治りが遅いものを慢性化と取り違えているという指摘があること、このような根拠薄弱な主張で、原告ら一人一人に無駄で高額の検査を強いるな、と訴えました。
 最後に、武藤弁護士から、被害者がB型肝炎に感染した原因が予防接種の回しうちであるといえるための条件について、少なくとも昭和63年までに生まれていれば回しうちを受けていること、母子感染さえ否定できればほかには有力な原因がないこと、国は母親の完全なデータを求めているが、自ら被害者を放置し続けた結果、母親が亡くなっていることで責任を否定するのではなく、一人残さず被害者を救済すべきことなどを指摘しました。
 次回までに、国が、2次提訴原告に対する因果関係の認否、ジェノタイプA、父子感染、除斥期間論に関する反論、そして、予防接種に関する主張を行うことが決まりました。
 報告集会の後、約50名の原告、支援、弁護団で懇親を深め、2009年1月22日に行われる全国B型肝炎原告団の結成式、院内集会、国会要請行動、1月27,28日の、肝炎対策基本法制定を求める国会要請行動などの取り組みをもとに、2009年中に解決を図るよう求めていくことを確認しました。

意見陳述を終えての感想
(B型肝炎九州訴訟原告 梁井朱美)

梁井朱美.jpg 私は、他の人を涙させるような体験もないけれど・・・少しでも運動の力になるならばと思い今回の役を受けました。
 意見陳述に先立ち、キャリアであるとわかってからの自分の人生を、ベールをはがすように少しづつ少しづつ振り返ってみました。キャリアになった原因など考えたこともなかった私は、ただ、仕方がない、運が悪かったんだと思い、子供らに対しては母である私が悪かったと思ってきました。そして自分達が他の人たちにウィルスをうつさない事だけをずっと考えてきました。
 が、B型肝炎訴訟の記事を読み、自分を責めるだけでなく、子供達が安心して生きていける世の中になるようにと、母親として運動していこうと思い裁判に参加したのでした。
 最初はかなり消極的な原告でした。しかし原稿が出来上がるにつれて私の気持ちも随分変ってきました。そしてこれをメディアに取り上げてもらう事を考えた時、実名を公表するかどうか随分悩みました。自分の命を削ってまで運動なさっている方、この世にたくさんのことを遣り残して逝かれた方、子供をどうしても持ちたいと切望している女性などを知りました。そしてそれらすべてが、自分の子供の人生に重なって見えたのです。考えた末、実名公表することに決めました。
 翌日からどうしよう・・・と不安でしたが、それも今は無くなりました。逆に、今回の裁判が一過性のものとして、世論から忘れ去られるのではという不安が今はあります。国を相手に闘うというのは大変なことだとわかっています。
 これから先も、B型肝炎患者が早期全面救済されることを目指して、自分にできることはやっていこうと思っているところです。

意見陳述をして
(B型肝炎九州訴訟原告 窪山寛)

窪山寛.jpg 平成20年12月3日,福岡地方裁判所で第二回B型肝炎ウイルスの口頭弁論があり,人生初めての陳述書を読む機会を与えていただき,九州弁護団の弁護士の方々をはじめ特に佐川民弁護士には大変ご協力いただき有り難うございました。
 B型肝炎で苦しむ患者の代表としての気持ち・心情・怒り・悔しさをどのように伝えればよいか,また伝わるものかと悩みながら意見陳述を引き受けました。国や裁判長,マスコミの方々に「伝える事」で理解していただけるよう,一生懸命肝炎患者としての自分の気持ちを訴えさせていただきました。大変緊張いたしましたがB型肝炎患者としての「苦しい心情 家族愛 夫婦愛」を述べることができたのではないかと思います。こうした思いを意見陳述させていただき,嬉しく思っている次第です。
 私自身,肝臓ガンの告知を受け余命3年と言われ,今どのようにして生きていくか,自分自身ガンと向き合いながら日々生活,そして仕事をしています。
 残りの人生を肝炎患者として国との闘いに賭け,今回のこの裁判で大勢のB型肝炎患者が救われる結果がでればと思っております。
 私を含むB型肝炎ウイルス患者の皆様が一刻も早く安らぎを得,安心して生活していける環境が整う事を切に願います。
 最後に,口頭弁論後の懇親会で患者の皆様の現状報告を伺い,弁護士の方々のアドバイスを受け,支援者との連帯を取る機会をいただき有り難く思っています。
 皆で裁判の勝利に向かってがんばりましょう。

意見陳述をしての感想
(弁護士 吉村真吾) 

 裁判の中で、国は、原告の方々が感染しているB型肝炎ウイルスのジェノタイプ(遺伝子型)を明らかにせよと主張しています。国の主張は、ジェノタイプがAタイプであったなら、集団予防接種とは無関係であるから救済しないというものです。今回、私は、このような国の主張がいかに不当なものであるかについて意見を述べました。
 今回、私が意見を述べた「ジェノタイプ」の問題は、専門的で分かりにくい内容でしたので、法廷で傍聴されるみなさんに分かりやすいように、モニター画面に主張のポイントを表示する方法を使用しました。モニター画面の映像の作成は、前回の柳弁護士の意見陳述に引き続き尾崎弁護士に担当してもらいました。
弁護士の意見陳述は、裁判の中で争点となっている事項のポイントをまとめて、傍聴に来ていただいたみなさんに分かり易いように心がけて作成しています。今回の意見陳述が多くのみなさんに伝わったかどうか気になるところです。法廷に傍聴に来ていただいたみなさま、いかがだったでしょうか。
 さて、国は、平成18年の最高裁判決があるにもかかわらず、内容が不確かな医学文献を持ち出して、被害者の切り捨てをしようとしています。全ての被害者のみなさんが救済されるよう、国の不当な主張に対しては、今後も適切に反論していきたいと思っています。
 みなさん、これからも一緒に頑張っていきましょう。

弁護士意見陳述~因果関係について~
(弁護士 武藤糾明)

 私は、被害者がB型肝炎に感染した原因が予防接種の回しうちだといえるための条件、つまり因果関係について意見を述べました。
 国は、最高裁判決があるにもかかわらず、自らの責任に基づく回しうちの被害者の調査を全くしませんでした。この裁判でも、「この範囲の人は、国の責任に基づく被害者なので、償います」という主張をしません。1人1人の被害者について、「予防接種が原因かどうかは知らない。予防接種ではない可能性があるから償わない。」と繰り返すだけです。
 このままでは、どういう条件を満たす人が被害者として認定されるのか、いつまでたっても基準が明確になりません。私たちは、早急な解決を図るために、「この条件を満たした人は、国の責任に基づく被害者だ」という判断基準を進んで示しました。
 最高裁判決によると、慢性B型肝炎になる時期は、6歳までの幼少期なので、出生時の母子感染でない場合は、特別な他の原因が証明されない限り、集団予防接種が原因だと推定されます。
 母子感染を否定するためには、いろいろな証明方法があります。すでにお母さんが亡くなっておられても、①カルテの血液検査データで、B型肝炎キャリアでなかったことが証明できる場合、②他のご兄弟の血液検査データで、お母さんがキャリアでなかったことを推定できる場合があります。
 しかし、国は、お母さんがご存命であり、完全な血液データがとれない被害者は、すべて因果関係を不明としています。これは、長期間にわたって被害調査を怠り、広く国民に自らの責任に基づく償いをしなかったせいで、その間にお母さんがお亡くなりになった被害者をすべて切り捨てる主張でとうてい許されるものではありません。
 B型肝炎訴訟の最終解決の際には、解決の対象となる被害者の基準が問題となります。2009年中の解決を目指し、今度も1人も漏らさず償ってもらうための基準の確定に向けてがんばっていきます。 

第2回期日を傍聴して
(支援の会 九州大学 大塚修平)

 去る12月3日に行われたB型肝炎訴訟第2回口頭弁論を傍聴させて頂きました。第1回口頭弁論を傍聴させて頂いた時にも感じたのですが、女性の原告の方の母子感染による苦悩や、男性の原告の方の肝炎発症によって老後の妻との穏やかな生活を諦めざるをえなくなりつつある無念など、原告の方の生の声からはいかなるマスコミ報道や文献にも表しえない怒りや苦しみ、憤りが法廷に響き渡っていたように思います。僕自身もそのような声に大変なショックを受け、B型肝炎問題の深刻さを改めて考えさせられました。
 また、懇親会で何人かの原告の方と話をさせて頂いたのですが、そこでの原告の方々が私の両親と何ら変わらない、いわば(誤解を恐れずに言えば)普通の「おじさん」「おばさん」であったことにも大変驚きました。もちろん、1980年前後まで注射器の使いまわしは一般的であったとのことですから、当たり前と言えば当たり前のことなのですが、そんな簡単なことも分かっておらず、マスコミ報道や本の情報からなんとなく「この人たちは自分とは違う、遠い存在なのかなぁ」と漠然と考えていた自分の知見の狭さを痛感させられた思いです。
 私は、原告でも支援者でもなく、そこらへんを歩いているただの「市民」がちょっと裁判所に立ち寄ってみるという感覚で傍聴をしていました。そういった感覚の私でさえ、原告の方々の声を聞くことで上記のようにB型肝炎問題に関する認識を改めさせられ、原告の皆様に「共感」を抱くにいたったのです。それだけ、原告の方々が何かを語るということには大きな力が秘められているのだと思います。そして、民主主義国家であるはずのこの日本において、このように私のような「市民」の「共感」を生み、その認識を変革しうる力をもった原告の方々の声こそが、政治を動かしうる原動力に他ならないのではないでしょうか。
 このB型肝炎訴訟はこれからも続いていくでしょうし、そうである以上、原告の方々もまたつらく大変な日々を過ごしていかなければならないのだろうと思います。私自身も、この裁判が続く限り、自分のできる範囲で傍聴をし、そこで感じた原告の方々に対する「共感」をできる限り様々な人に伝えて行こうと思っています。ただ、第三者であり、ただの「市民」に過ぎない私のできることには限りがあります。やはり、人々の心を動かしうるのは原告の方々の声をおいて他にはないのです。もちろん、そのような営みは、原告の方々にとってみればつらい過去の記憶を手繰り寄せるものに違いありませんから、想像を絶する「痛み」を伴うものであるとは思います。だから、原告の方々には、できる範囲で少しずつ、しかしながら確実に声を挙げ、自らの経験を語り続けて欲しいというのが私の願いです。
 最後に、今後の原告の方々のご健勝と裁判の早期解決を祈りつつ、筆を置かせて頂きます。お読み頂きありがとうございました。